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■越後鶴亀について

越後鶴亀

株式会社越後鶴亀

商標 越後鶴亀
創業 明治23年(西暦1890年)
所在地 新潟県新潟市西蒲区竹野町2580
電話番号 0256-72-2039
FAX 0256-72-3875
ホームページ http://www5d.biglobe.ne.jp/~u-sake/

■ 越後鶴亀(旧上原酒造)について

今回ご紹介する「越後鶴亀」は、新潟市の南西部に位置する旧巻町(平成17年に合併)にあります。
そこは海岸線から5~6㎞内陸に入った所ですが、海岸線との間に標高が500m程の角田山があり、そこから内陸側は見渡す限り田んぼが広がる穀倉地帯です。

明治23年に創業された「越後鶴亀」は、一般の方から見るととかく話題の多い蔵元なのかも知れません。
定番酒は「越後鶴亀」と言い、カップ酒には横尾忠則氏の描いたラベルが貼られていることでも知られています。

この蔵元の5代目の現当主、上原誠一郎氏(1948年生)は東京芸術大学、美学校博物細密画工房を卒業の後、 イタリアに渡りイタリア古典仮面喜劇を学び、俳優・演出家としてヨーロッパを中心に公演活動をしていた経歴の持ち主です。
そして14年間の活動の後、父親のご逝去により実家に戻り家業を継いだのです。

しかしその後の最初の大仕事は地ビールの解禁に合わせて地ビール蔵を立ち上げたことで、全国最初の地ビール醸造許可を取得し 「エチゴビール」を華々しくデビューさせたのです。
その地ビール事業は日本に、麦芽だけで造られた本物のビール文化を根付かせようと言う、真剣で本格的なものでした。
古典ビール製法に基づいて仕込んだビールの樽を、輸送の間に船の揺れでうまい具合に発酵した昔に倣い、シアトルからヨットに載せて太平洋を越えさせ、 大航海ビール「オーシャンエール」として売り出したりもしました。
今では地ビール事業からは撤退して家業に専念しておいでですが、日本酒造りにおいてもさまざまな挑戦を し続けております。

蔵外観

蔵外観

越後鶴亀

越後鶴亀

蔵が立ち並びます

蔵が立ち並びます

この越後鶴亀の特徴は、淡麗辛口の酒を共通のテーマとしている新潟県の蔵元の中で、敢えて米の味を生かし旨味を残した純米酒造りに 力を入れていることです。
現在生産量のおよそ70%が純米酒と言うのですからそのこだわり様がお分かりいただけると思います。
上原社長は「他の酒が売れないからそうなってしまっただけのこと」と至って謙虚ではありますが、その心の底には酒造りに対する強いこだわりが感じられます。
そのこだわりの末の賜物がこれからご紹介する「諸白」であり、そして「白藤郷」ではないでしょうか。

「諸白」は今を遡ること250年、江戸時代の宝暦年間に造られていた日本酒の復元に挑戦したものです。
当時の古文書に基づき日本酒本来の古典醸造法である古式生もと造りで、自然界の乳酸のみで酵母を大量に培養する方法で行われ、 試験醸造を繰り返しながら5年の歳月の末に漸く商品として世に出されたものです。
90%の精米で丹精込めてしっかりと仕込まれた酒は、 淡い黄金色をし、アミノ酸や乳酸の量が現在の一般的な酒の7倍位ある、甘みのある濃厚で芳醇このうえ無い酒に仕上がっています。
江戸時代にこのように贅沢な酒が飲まれていたのかとその造りの確かさに驚かざるを得ません。

大きな釜 冬には仕込み風景になります 麹室

また「白藤郷」は、江戸時代の後半から昭和の初期まで新潟を含む東北地方を中心に酒米として広く普及していた「白藤」を復活させ、 その米で酒を造ってみたいとの思いから生まれた酒なのです。
「白藤」は「風味良くサバケがいい、ほんとの新潟らしい酒」と古きよき時代の杜氏が語っていたと 言われる酒造米なのですが、「亀の尾」と同様ある時期から全く作られなくなってしまい今では大変珍しい酒造米となっていたものです。

漸くある機関から800粒の種もみを入手し、農家の方にお願いし、何とか作付けをしてもらったものの、ものの見事に失敗をしたそうです。
それは肥料の少ない痩せた田んぼでしっかりと作らなければ育たず、ややもすると草丈が高く伸びすぎて倒伏してしまい、機械化には不向きの、 現代の農法では作ることがとても難しい米だったのです。
そして3年間の試行錯誤の末、漸く酒を仕込める量を収穫することができ、その米を仕込んで造られた酒が 「白藤郷」です。
残念ながら今回は仕込み量が少なく皆様にお分けすることができませんが、今年は作付けを増やしていますので、来年にはこの古きよき時代の酒を 皆さんにも味わっていただけるはずです。

田植え

草取り

上原社長と昨年収穫した白藤

こんな酒造りをされている上原社長には弟さんがおいでになり、同社の専務と言う立場で社長と共にこれらのさまざまな挑戦を続けている方ですが、 何とこの方は芸名を五世 鶴澤淺造(つるさわあさぞう)と言い、義太夫節の三味線弾きとして第一線で活躍をしていたと言う経歴の持ち主です。

東京外国語大学フランス語学科を卒業の後、四世鶴澤重造に入門し師匠の前名「淺造」を名乗り、大いに活躍されましたが、体を悪くして25年間の 文楽の第一線での活動に終止符を打ったのです。
文楽は世界無形遺産の指定を受けた世界に誇りうる高度な舞台芸術で、江戸時代以降の庶民文化を語るには欠かすこと のできない重要な日本文化のひとつであることは皆様ご承知の通りです。

この蔵元の経営トップのお二人の経歴は、国の違いはあるもののその国に残る古典と言われる独特の文化、伝承することが難しくなってきている 貴重な文化に身を投じ、自らがその中で生きて来たと言う共通のものがあります。
日本酒造りは日本が世界に誇る貴重な文化ではありますが、醸造学が発達し、 機械化や工業化が進んできた歩みの中で、生産性や効率や生産コストなどが優先され、その途中で途絶えたり忘れ去られてしまったものも多いのです。
このような業界の中で、敢えて途絶えたり忘れ去られた昔の姿を「諸白」や「白藤」などによって再現、実践することで酒造りの源泉を確認し、その中の良い部分を復興させ 現代の酒造りに生かそうとする姿勢は、正に「日本酒のルネッサンス運動」なのではないでしょうか。

古き良きものに親しみ、その素晴らしさを知り尽くしたこのお二人にとって「日本酒」は、ただ売るための商品ではなく、自らも楽しみながら精進し、 そして納得の行く最上のものを造り上げて行く対象のように思えるのです。
だから越後鶴亀がこれから今以上に、何を目指してゆくのか、どのような酒を造り出して行くのか とても興味があり、大いに期待できると確信をしているのです。

弘法の清水1

弘法の清水

少しずつ湧き出ています 弘法の清水2

最後になりましたが、この蔵元で使用している仕込水は海岸線との間に立ちはだかる角田山系の伏流水で、その採取地は弘法大師が水に 困る民のために錫杖を地面に立てたことで湧き出したと伝えられる「弘法の清水」です。
水質は硬度45度の弱アルカリ性で地下およそ100mの深さから湧き出し ているものです。
この清水をポリタンクに汲み、一つ一つ手で運んでいるのです。



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