新潟屋のこだわりご利用案内カートを見るマイページお問い合わせサイトマップトップへ
アートコレクション
アートコレクション
写真で描く新潟の風土
生産者紹介
生産者紹介
新潟屋が取り扱う商品の
全生産者を掲載しています
おすすめのリンク集

ほめ達 新潟支部
HOME»  生産者紹介 日本酒 一覧»  ■原酒造について
原酒造

原酒造株式会社

   
創業      1814年
所在地     新潟県柏崎市新橋5-12
電話番号    0257-23-6221
FAX     0257-20-1032
ホームページ  http://www.harashuzou.com/new/index.html

■原酒造株式会社について


  2007年7月に新潟県を大きな地震が襲いました。「新潟県中越沖地震」と名付けられたその地震は、海沿いの町の柏崎市を中心に極めて大きな被害を与えました。
  上空から撮られたテレビ映像や新聞の写真で、瓦葺の大きな屋根が地面に貼り付いてしまっている光景や、積み上げられた酒瓶がプラスチックのケースごと無残に崩れ散乱している光景をご覧になった記憶はございませんでしょうか。
  今回ご紹介する「原酒造」は、これら中越沖地震の被害映像として象徴的に取り上げられた、蔵をはじめとする各施設が壊滅的被害を受けた蔵元なのです。特に我々の眼を奪ったのが、幅10間、奥行35間と言いますから面積が350坪もある木造瓦葺土蔵造りの西蔵と呼ばれていた製品貯蔵庫が崩れ落ち地面にへばり付いてしまった姿です。その他にも幾棟もの倉庫や事務所など建物の三分の二が倒壊してしまったのです。


蔵屋上からの景色

蔵屋上からの景色

震災時には、たくさんの商品が壊れてしまった倉庫

 


 

  このような大きな被害を受けた「原酒造」ですが、創業は文化11年(1814年)と言いますからもう少しで200年を迎えようとしています。
  今までにも明治時代末には柏崎の町を焼き尽くした大火により蔵も自宅も全焼しており、また2004年の新潟県中越地震では建物の柱材などに大きなひび割れが発生したり、 大切な酒を亡失したり、空ビン倉庫に積み重ねられていた空ビンが崩れ7000本のビンが割れてしまったりしました。
  そして今回の中越沖地震です。まさに何度もの壊滅的な打撃を受けながら逞しく立ち直って酒造りを続けてきたその原動力は、「支援をして下さる方々に今まで以上に良い酒を造ることが何よりの恩返しになる」との思いなのだと原社長は言います。今回の地震後の力強い復興ぶりと、更に将来に向けてのポジティブな姿勢を見ていると、この蔵の酒造りに対するひたむきで真面目な強い思いが、社長を始め蔵人の一人ひとりからもひしひしと感じられるのです。

原吉隆代表

原吉隆代表

古いタンクを補修して使います

古いタンクを補修して使います

被害を免れたタンク

被害を免れたタンク

  この原酒造の酒造りの特徴としては、次の3つが挙げられます。
  ① 契約栽培米
  ② 自家精米
  ③ 3つの麹室
  ひとつは地元農家との契約栽培により米を調達していることです。こうすることで農家は、収穫できた米全量を確実に買い取ってもらえるため安心して米作りに励むことができ、 収入の安定も図ることができるのです。また蔵としても顔の見える相手から質の高い米を安心して調達することができるのです。
  次に精米については100%自家精米を行っていることです。精米するには米の割れを防ぐために昼夜兼行で行わなければならず作業が大変なため、 最近では外注する蔵が殆どとなってきておりますが、無駄の無い納得の行く精米をするため敢えて自家精米を続けているのです。
  また原酒造には3つの麹室があり、大吟醸、特定名称酒、普通酒と酒質ごとに麹室が分かれていたのです。今回の地震でその内の2つは損壊しましたが、 復旧後は従前のように3つの麹室でそれぞれ作ることにしています。酒質により使う種麹も、麹の作り方も変わることから敢えてこのことにこだわっているのです。

訪問当時 仮設の貯蔵庫

訪問当時 仮設の貯蔵庫

圧搾機

純米大吟醸 秘蔵酒「もろはく」

秘蔵酒「もろはく」

  さて、この蔵を代表する酒のひとつは「越の誉もろはく」でしょう。諸白(もろはく)とは、むかし米の精米が大変な作業だった時代に、麹米も掛米もどちらも精米した米を使って造った酒のことを言い、高級な酒の代名詞としても使われている言葉です。 この「越の誉もろはく」は、米は兵庫県産の山田錦を使い、仕込み水にはこの蔵自慢の米山山系からの超軟水の伏流水を使い、蔵人たちの技の粋を集め丁寧にしっかりと造られた純米大吟醸酒を、更に蔵の中で7~8年の間常温熟成させたものです。 昭和47年(1972年)に北京で行われた日中国交回復交渉調印後の記念晩餐会で乾杯酒に使われたと言う逸話もある、上品さと風格とを兼ね備えた歴史ある秀逸のお酒です。
  地震の際、倒壊した西蔵の下敷きとなりながらも二重構造のタンクの中で難を逃れることができたこの酒の、 無事を確認できた原社長の喜びと安堵の大きさは私たちの想像を遥かに超えるものだったようです。

2008年秋に完成「和醸蔵」

2008年秋に完成「和醸蔵」建設時

原酒造 建物の全景

  この蔵の復興の要は「和醸蔵」と名付けられる新しい酒蔵の建設です。この新しい酒蔵はただ単に災害を受けた蔵の建て直しと言うよりも、 今回の震災を乗り越えることで改めて強く感じることができた酒を造れることの歓びと酒を造ることの素晴らしさ、そして蔵がひとつになって 今まで以上に良い酒を造りたいとの昂ぶり、これら蔵人たちの内に秘めた熱い思いを今まで築き上げられてきた酒造りの伝統に重ねることで、 新たな「越の誉」の歴史を歩み始めるための橋頭堡なのだと思わずにいられません。